ミニマリストとはなにか(仮)

最近になって「ミニマリスト」という言葉やその生活実態が各種メディアにも取り上げられるようになり、急速にその認知度を高めているように思われる。 ミニマリストのブーム化である。

そんな中ミニマリストのオフ会に潜入してわかったことという記事が話題になっている模様。   記事の内容は概ね一部の極端な例に対する罵詈雑言であり、にわかに炎上商法の匂いがするので過剰な反応は無用であろう。 しかしこの記事は少なからず自称ミニマリスト達の神経を逆撫でしたようである。   この記事を見るまで筆者は自称ミニマリストたちがオフ会などを行うようなものだとは思っていなかったので、少なからず驚いた。 自身の生活ぶりを公開することはblogが出来てから珍しくもなくなったが、同じような生活をしている人達で集まろう!というのは些か突飛である気がする。 しかし最近はなんでもかんでもコミュニティである。 筆者はそんなものにはうんざりしちゃっている。   それはさておき、ミニマリストのブーム化に遺憾の意を表明したいミニマリスト諸君は多かろうと思う。 意識高い系などと詰られればなおのことである。 しかしネット界隈で見掛けるミニマリストの生活スタイルが、ブームなどと言う軽はずみなもので実践出来ないことは容易に想像出来るはずである。   「ミニマリスト達よ、まわりの雑音など気にせず孤高に生きたまえ。」   筆者はそう鼓舞するものである。   しかし他人に迷惑をかけたり嫌な思いをさせるようでは感心しない。 自分の考えを人に押し付けたり、違う考えの者を排斥しようとしてはそれこそ宗教じみたことになる。 境界を超えなければ生活というのはもっと自由でよい、というのが筆者の考えである。

当の筆者はというと、ミニマリストという横文字の格好良さ(ハードルの高さ)は拒否した上に(やわらか)であり、「片付けたい」という欲求に突き動かされているナマハゲである。 消費社会がどうであるとか、より素敵な人生をといったような高尚な哲学も持ち合わせていない。 「ただ、そうしたいからしているだけ」である。   いずれこのミニマリスト増加についてなんらかの位置づけがなされる日がくるであろうなぁ、と思索に耽ったりもするがすでにそんなものはどうでもよい。 主義などと言ってみたところでこれは筆者の生活に過ぎず、今後も変わらず続いていくだけである。