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ご近所のこと 田舎の人たちってどうなの? 

筆者はどこにでも不安の種を見つけてはすくすくと成長させることができる不安植樹の名人である。 なので空き家探しをしている時もその土地がどんな土地なのか、どんな人が住んでいるのか、町内会とかあるのだろうかと、家以外の部分でもあれこれと悩んだ。 結果的には住んでみるまでわかったことはほとんどなかったが、地方移住を考えている人のために一例として筆者の場合を書いておこうと思う。 ただし筆者自身は人目を気にしているつもりでも傍目には「気にしているようには見えない」という残念なスルースキルを有しているのでただただ駄文を連ねることになるでろうことはご容赦いただきたい。   筆者の住む街は人口2万人に満たないところであるが集落というほど家屋が少ないわけでも、隣家が何百メートルも先ということもなく田舎にしては住宅が密集しているところである。 町内会はいくつかの班に分けられており、一応は加入はしている。 年会費は6000円。 これが多いのか少ないのかちょっと判断しかねるが、人手が少ない土地では何かと必要であることも事実。   町内会は参加を強制させることはできないとされているが、地域によっては断るとゴミを出させないなど生活に実害を及ぼしてくるような悪質な運営スタイルも多々目にする。 ゴミ収集に関しては行政が町内会に丸投げというのは珍しくなく筆者が暮らす地域もそうである。 閉鎖的になっていく地域や自治体の横暴を許していては人口減は当然の結果であると言っておこう。 昔から暮らす人々の中に入っていらん波風をたてることも無いだろうと考えてとりあえず入会を拒むことはしなかった。 しかし会合と称して老人たちの宴に消化されているようであれば脱会も止むなし。   入居した日に挨拶回りをすると概ね「若い人がきて人口が増えるとうれしい。」という反応が主であったが、結婚は?とか仕事は?とか結構込み入った事もぐいぐい聞かれる。 そしてそれらの情報が伝播するのが異常に速い。 個人情報でも共有するのが当たり前という感じである。 割と放っておいてほしいタイプの筆者にはややストレスとなったが、このあたりは意識を変えなければいけない部分かと思う。 逆に地域で何か仕事などをしようと考えれば、情報の流動性を活かしてうまいことやれるな、などと思う。   古くからある家が多く、今も先代の息子の息子の息子が住んでいるというのが当たり前な上に二世代、三世代同居が普通の地域において、独り身の筆者がある日突然住み始めるというのは我ながら怪しい存在である。 友好的に接してくれる方がほとんどだが、中には挨拶をしても返してくれない人もいたりするし、声をかけるわけでもなくじっと凝視されたりすることも多々有る。 この辺は時間が解決してくれるのではないかと思っている。 ちなみに田舎では小学生だって誰にでも挨拶をする。   入居後はあらゆる勧誘などがなされ、といっても宗教などでなく近くの工場で人を探しているとか農家で人が足りないといった求人が主である。 これは今でも続いている。 移住後の仕事が不安という方は多いと思うが案外来てみればどうにでもなるのでは無いかと思われた。   地域に特有の宗教が根付いていたりすることがなかったのは本当によかった。 こんなものはほとんど筆者の妄想だがそんな都市伝説のような話を耳にすることもあったし、一度聞けば育ってしまうのが筆者の不安の森である。 人に聞くわけにもいかず事前に調べられないところがまた厄介であった。   地方移住が盛んに行なわれている昨今。 若者が田舎に越した開放感であらゆるものを解放しすぎる傾向があり、住民の迷惑になっているという話もよく聞く。 すでに移住者に対し閉鎖的になり始めている地域もある模様。 筆者はあえて若者がすでに移住者コミュニティを形成していたり、若い世代の移住で活気を取り戻そうとしている地域は選ばなかった。 そういうのは筆者の好まざるところであるし、地域参加に積極的な若者などがいて比較されるのも面倒臭い、というのが正直なところ。 妙な期待をされても困る。 無理に地域活動に参加したり、逆に閉じこもったりもせず適度な距離感が大事であると思う。   発言小町などを覗いてみると筆者は割とラッキーだったなと思う。 地域によってさまざまなルールがあるが、筆者の移住した地域には常識を逸したものはなかったし、町内会長は何事も率先して動くタイプのお茶目さんであるし、ご近所の方々も友好的かつ協力的である。 しかし今回はおみくじ的にうまくいっただけの話で蓋を開けてみなければわからない問題というのは往々としてある。 移住先が合わないということもあるであろう。 「気軽に踏み込んでくるな」「無責任に住み着いたり出て行ったりするな」という意見にも一理あると思うが、一体なんの権限があってそんなことを言っているのかわからないし、いらぬストレスを抱えてまで土地に縛られる必要は無いだろう、というのが筆者の意見である。 各々にとってよい場所を作ったり見つけることができればいいと思う。   しかし、どこへ行ってもその地域に合わせられるような柔軟性というのは根無し草思考の旅人にも地方移住者にも必要である。   「だから友よ、水のようになるのだ。」by ブルース・リー